これはフィクションです

32歳。男性。自営業。独身。

暮らし。3月16日から31日

・春だなー。桜が咲き始めています。

 

 

・近所の墓地。墓地はいい。人が死んでいるし、人がいないし、静かだ。

たいていの人間は生きているとうるさいので死んでくれているほうがいい。

 

 

・仕事で新しい商品をリリースした。10本売れれば今年の収入目標を達成できるので10本売りたかったがいま2本。そして2本から増えない。ちぇ。さすがにむしが良すぎる計画であった。

よく考えたら2本でもよく売れたほうなのでよしとすることにした。

(追記)実は3本売れていたのを1本見逃していたのと、追加で1本売れて、計4本に。非常にちょうどいい本数だ。

 

 

・最近、ブームになっている近所の喫茶店。ここのコーヒーはうまいし、なぜかとても集中して仕事ができる。

 

 

 

・神奈川に遊びにいく。新幹線で博多→新横浜。

出発前に天神で寿司を入れる。

 

 

 

 

 

・神奈川で遊んだ。楽しかった。

優れた人がセッティングしてくれた場で遊ぶのは気楽でいい。

 

 

・東京へ移動。

 

 

 

・東京はメシがうまいので、いつもなにを食べるか迷う。

今回はラーメンです。福岡のラーメンはマジで豚骨ばかりなので、醤油ラーメンを欲している。

 

まるえ中華そば。巣鴨

 

生姜は文化。巣鴨

 

 

巣鴨をふらついていたら染井霊園に辿り着く。

 

 

やっぱ墓地はいいっすね!おれは他人と騒音が怖いので、とにかく人がいなくて静かな場所が好きです。ついでに景色も良いといい。墓地はこの条件を完璧に満たす。墓地サイコー!

墓地は若いやつもいないしな。若いやつはとにかくうるさいしアホなので存在そのものがダメ。

東京の墓地を巡る旅はいいかもしれない。

 

 

 

・そういえば、去年11月あたりから「テーマは休む、じっと待つ。会社をやめたことによって自分に空白ができた。その空白を埋めるものを見つけるために、最適なものが自然と自分の前に現れるのを待つ」

そんなことを書いていました。結果、現れました。空白を埋めるもの、自分が次にやりたいと思うことが。

ほんと自然にふらりと来た。自分から「新しいこと探すぞ!」とガツガツは動いていない。自分が楽しく気の向いた範囲でうろうろしていただけ。そうしたらいい出会いが2月にあった。

 

探すのに今年いっぱい使おうと思っていたので、ちょっと出てくるのが早すぎる気はするけど、冷静に考えても良さそうな選択肢なので前に進めてどうなるか見てみましょう。アリかナシか。その判断が今年中につけばいい。

 

 

・人生における出会い、転機とはそういうものだと分かってきましたね。ふらりと現れるもの。自分が素直に自分らしく生きていればね。変に小賢しく考えると「自分らしく」から外れることが多いので転機に出会えない。素直に、純粋に、自然体で。いちばん難しいけど、そういう自分で居続けるのが、よく生きるために必要。

 

いい意味で、人生には流れがあるんだよ。運命の流れが。「レールに乗るような決まった人生」とは違う意味のレール。世間が作ったレール、ザ普通の人生、みたいな流れは乗ってしまうと自分が不幸になるので乗らないほうがいいけど、自分だけのレールが人生にはある。それは運命と呼ぶのにふさわしい。使命とか天命とかも同じ意味で捉えています。

 

実は生まれた瞬間から自分がどう生きるかは決まっているのだと思うようになった。それが流れ。その流れに乗れれば、自分の人生はいちばん良くなる。

自分の人生を振り返ると、その流れに乗ってきたのだなと思う。いちばん良いところへ辿り着く流れに乗った結果でいまがある。

 

 

んで最近はその流れが見えるようになってきた気がするのだよな。

自分の前に2つの選択肢が出たときに「こっちをやるのは流れじゃないな」とか「こっちをやるのが流れっぽい」とか。

 

 

流れの見分け方をひとつ教えましょう。

自分が「こっちの道がいいな!」とテンション上がる選択肢。そちらが流れです。「まあ、こっちのほうが世間ウケはいいし、お金も儲かりそう」という選択肢。それはハズレ。流れではありません。小銭が儲かるぐらいの小さなスケールで考えていると流れを見逃します。小賢しいことを考えるのをやめろ。目先の利益を追うのをやめろ。

 

 

この話、伝わらないかなー。

怪しいおばさんが言う「あなたと私が今日ここで出会ったのも運命よ」てきな話と同じにされてしまうだろう。

 

 

前にこの流れの話をスタバで師匠がしていて(やっぱそうだよな)と思った。

師匠が「その流れに意図的に乗りたいよね」とか言ってて、それもそうだよなと思った。

 

自分が乗るべき流れを見極めて、自分から流されにいきたい。流されて行き着く場所は、ベストな場所のはずなので。

 

 

 

・兵庫へ移動。神戸で飲み会する。
神戸らへんも楽しく、また開拓しようと思った。

 

 

 

 

・京都へ移動。久々だー。

 

昔、5年前に京都で暮らしていました。1年間。
その時に何度か行った洋食屋へ行く。

 

うめー。また来よう。

 

 

比叡山延暦寺へ。あんま見るとこなかったです。

 

 

このようなビュースポットを発見し、ここはよかった。見えているのは琵琶湖らしい。

 

 

・移動して、桜。この日が3月28日。ちょうどよかった。

 

 

 




・締め!京都でメシ食うならこれでしょ!

 

満足。

 

 

・福岡→神奈川→東京→兵庫→京都→福岡を4泊5日という旅、これにて終了。

全部新幹線。飛行機なし。このスケジュールで過ごすのは5日が限界ですね。さすがに疲れる。

 

 

・今回の旅は「やっぱそうだよなー」と思うことが多かったですね。

20代前半。ニンゲンが人生でいちばん尖っている時期と思うが、その時期に他人の言うことを素直に聞いているような人はダメですな。先輩の言うことを聞いてコツコツがんばっているようなやつはダメです。誰だろうが楯突いて嫌われて四面楚歌でいるぐらいのやつが将来デカくなりますよ。

 

守破離、と言いますが、自分の「我」がねえやつの守はただの思考停止よな。守で終わり。守をへらへら普通にやってる人間は「我」がないだけでは?

自分を曲げるのが悔しくて弱い自分にムカつきながら、それでも大きくなるには弱い自分のやり方ではダメだから我慢して守をやる。それぐらいの守じゃないとね。イライラしながら守をやってる人間があとで大きくなるよ。そうじゃないのは守やって終わり。その先がない。

 

先輩の言うことを素直に聞いてるような人間はやはりつまらない。すごい先輩でさえ「いやでも、ここの部分は微妙ですよね」と唯一の弱点をつけるぐらい疑いの目、物事を見抜く目を持っている人間がやはり強い。あと単純におれはそういうやつが好き。そういうやつが尖ってていちばんおもしろい。まあ俺がそうだったからだけど。でもいちばん期待が持てる。なにか新しいこと、でかいことをやってくれるのはそういうやつだけだと思っている。あとのやつは全員誰かの模倣品。誰かがやったことをまたやるだけ。そういう人間にはねー、おれは興味ないのよねー。