これはフィクションです

32歳。男性。自営業。独身。

2020年9月25日午前2時34分

北方謙三の『三国志』を、何度目か分からないほど読み返している。

毎回読むごとに共感するキャラが違う。今回は周瑜がくる。



周瑜「縁というのは、不思議なものだな、諸葛亮殿。私は孫策に会わず、あなたに会っていたら、自分自身が覇者になろうとしたかもしれない。あなたは、覇者ではなく、覇者を作る人だ。私は、自分もそうだと思っていたが、あなたを見ていると違うとはっきり言える」

 

「私の、覇者たらんという思いを潰したのは、孫策です。孫策に従い、補佐し、孫策を覇者にすることを、自分の夢にしてしまった。あなたが私のそばにいれば、私は自らが覇者たらんとしたと思う」






俺もそうだ。


一人で立つことに失敗して疲れきったあとに、自分のことを覇者を補佐する人間だと思ったこともあるが、それにしては俺は自分の主張が強すぎる。誰かのために働くことに喜びを覚える種類の人間でもないしな。




いまの会社の仕事の次は、また社長と一緒になにかやるか、世間に知られてはいないが、おもしろいことをやっている愉快な人間を見つけようと思っていたが、俺が一人きりで新しいものを生み出すことに再び挑戦しようかと思う。




孫策亡きあと、大将としての責任の重さに苦しむ周瑜を見ていて思ったのだ。

いまの仕事で感じている圧力は、俺より社長のほうが大きいだろうと。

 

その重圧は、自分のやりたいことを始めた人間が当然引き受けるべきことだと思うが、俺の方が精神的に楽だなとは思った。




社長とは気心の知れた仲だが、俺の知らないところで苦しんでいることもあるだろう。別に、そこを思いやろうという気持ちはない。

 

一人で苦しめばいいのだ。それに耐えられないのなら、始めから何もしなければいい。

 

その程度の重圧に耐えられず、投げ出すような男を、一緒に会社を起こす人間として選んだつもりもない。



重圧に耐え抜いた分、事業が成功したときの称賛は社長に与えられるべきものだろう。

 

俺の貢献がないわけではないが、おのれが安逸な立場にいることを知りながらそこに留まった人間が、称賛も得たいと思うのは虫のいい話だ。俺がやったことまで自分の手柄のように語られるのは腹が立つが、それくらいは笑って見過ごすべきだろう。






自分が覇者になれる人間なのか、覇者を作る人間なのかは分からない。

 

どちらでも良いのだ、という気持ちがいまは大きい。その時にやる事業と組む人間に合わせて、必要な方をやればいい。自分が何者かということよりも、自分がやると決めたことをきちんと成功させることの方が重要だ。





大将の重責による苦しみ、ということだけを言えば、俺も再びそれを味わうべきだろう。



7年前、俺がまだ学生だった頃、人に言われたことがある。

 

「組織の中で『自分はNo.2の方が向いている』と言う人は、リーダーをやる勇気がないだけだよ」

 

その通りだと今も思う。



リーダーに重宝されるNo.2になれるのは、自分がリーダーになったことがあるやつだけだ。

 

自分が始めたことの責任の重さ、他人の期待と応援に、吐きそうになるほど追い詰められたことのある人間、夢を追うことの苦しみを知っている人間だけが、本当のNo.2になれる。



だから俺はNo.2になりたいやつを信用しない。参謀になりたいやつもな。

参謀などと自称するような、周りにかっこいいと思われたい気持ちが残っている人間に、参謀は無理さ。

 

仕えるリーダーに心酔しているようなやつも俺は気に入らない。

リーダーが道を違えた時に後ろから刺すのも、俺たちの重要な仕事だろう。



目的を達成するために、組織のなかで自分がどの役割を果たすべきか?という話に過ぎない。

 

俺が考えるNo.2は、自らの目的を達成するために一人奔走するなかで、目的を同じくする自分より優れたリーダーを見つけた人間のこと。



だから俺は、また一人でなにかを始めるべきなのだ。

 

リーダーの苦しみをさらに知れれば、それはNo.2としての成長にも繋がる。

これまでNo.2として働いたことが、リーダーとして生きる時にも役に立つだろう。

もっと言えば、ただの平社員として働くとしても、どちらの経験も役に立つ。

 

全ては関連し、相互に作用する。

 

 



自分を周瑜に重ねて考えると、俺の覇者たらんという思いを潰した孫策のような人間は、いまの会社の社長ともう一人の男の二名が存在するが、「あなたがそばにいれば俺が覇者になれる」と思えた、諸葛亮のような人間には会ったことがない。(あ、ごめん一人いたわ)



そもそも俺が思うNo.2、覇者を作る人間の方が、覇者になれる人間より数が少ない気がしている。

 

世の中に覇者と言えるような成功したリーダーが少ないのは、リーダーの素質がある人間が少ないのではなくて、それを補佐できる人間が少ないからだと勝手に思っている。



自分より優れたリーダーを見つけ、それを充分に補佐しながらも、誰かの下で働いていることの悔しさに奥歯を噛み締めている。そんな俺のような人間に会いたい。

 

そんな二人が出会った時、どちらかが相手の軍門に降るようなことになるのだろうか。

 

さすがに、その二人の対峙では負けないものを、自分の中に持っていたい。